2008-08-16
谷亮子
谷 亮子(たに りょうこ、旧姓:田村、1975年9月6日 - )は、福岡県福岡市出身の、日本人の女子柔道家(四段)である。オリンピックで2度、世界選手権で7度金メダルを獲得した。経歴
血液型はB型。階級は48kg級。福岡工業大学附属城東高等学校、帝京大学文学部卒業、日本体育大学大学院在学。トヨタ自動車所属。日本オリンピック委員会・選手強化キャンペーン・シンボルアスリート制度を適用。夫はプロ野球選手の谷佳知。
キレのある立ち技を特徴とし、その実力から浦沢直樹の漫画『YAWARA!』の主人公の名前を取って柔(ヤワラ)ちゃんの愛称で広く知られる。
世界選手権6連覇、全日本体重別11連覇、福岡国際]]11連覇、五輪では2度の金メダル、2度の銀メダル、1度の銅メダルと出場した5大会全てでメダルを獲得するなど圧倒的な戦績を誇り、女子柔道、柔道の普及に大きな貢献をした。
競技歴
小学校1年生から兄の影響で柔道を始める。小学校2年生のとき男の子を投げ飛ばして、けがを負わせたことがある[1]。
中学生の時の福岡国際女子柔道選手権(福岡国際)を15歳で優勝したのを皮切りに、全日本女子選抜体重別選手権(全日本)でも優勝し、五輪出場の権利を得た。1992年、16歳でバルセロナオリンピックに出場、決勝まで勝ち上がったが、セシル・ノバック( フランス)に僅差で敗れた。銀メダルを取ったものの、笑顔は全く無かった。
その後1993年の世界柔道選手権で優勝、1995年の世界柔道選手権でも優勝した。
1996年のアトランタオリンピックに出場。今度こそ金メダルと期待された。しかし決勝戦で北朝鮮のケー・スンヒ( 朝鮮民主主義人民共和国)が柔道着を左前に着るという奇策に出、最後まで自分の柔道をとることができずに僅差で敗れ、2大会連続銀メダルに終わった。
1997年、1999年の世界柔道選手権でも連覇した。2000年、シドニーオリンピックでは、大会前に「最高でも金(メダル)、最低でも金(メダル)」という言葉と共に臨んだ。決勝戦でリュボフ・ブロレトワ( ロシア)に内股で一本勝ちし、自身初の五輪金メダルを獲得し嬉し涙を流した。
2001年、2003年には世界柔道選手権を連覇。これで世界選手権6連覇という前人未到の記録を打ち立てた。
2003年12月1日に、プロ野球選手の谷佳知と入籍。
新たに「谷亮子」として臨んだアテネオリンピックでは、夫で同じくアテネオリンピック日本代表選手である谷佳知をはじめ多くの人々による応援の中、足を事前に痛めたことも報道されたが一本勝ちで決勝まで勝ち上がり、決勝ではフレデリク・ジョシネ( フランス)から大内刈で技ありを取り優勢勝ちを果たして、五輪2大会連続の金メダルを獲得した。試合後のインタビューでは「シドニーの時よりも何倍も嬉しいです」と嬉し涙を流した。
2005年にカイロで行われた世界選手権で7連覇の期待がかかっていたが妊娠のために欠場し、12月に出産した。
2007年の全日本女子柔道選抜体重別選手権大会で現役復帰、同年9月のブラジル、リオデジャネイロ世界選手権に出場し、7回目の優勝を果たした。(男女通じて世界最多記録)
2008年の北京オリンピックへの出場の意欲を見せ、全日本女子柔道選抜体重別選手権大会に出場。決勝戦で山岸絵美に日本人選手相手の試合では1990年以来となる技で有効ポイントを奪われて敗れたが、これまでの実績から代表に選ばれた[2][3][4][5]。
夏季大会は5大会連続出場となり、日本選手の最多連続記録を更新して臨んだ北京オリンピック柔道競技の初日に登場、予選の3試合とも優勢勝ちで準決勝に進んだ。しかし準決勝でアリナ・ドゥミトル( ルーマニア)に技を掛けることができず、警告のポイントを取られて敗れ、決勝進出及び五輪3連覇(金メダル)を逸した。
気を取り直して銅メダルを賭けた3位決定戦でリュドミラ・ボグダノワ( ロシア)に一本勝ちを収め、銅メダルを獲得した。
柔道スタイル
146cmと小柄な事もあり、もともとは背負い投げ、そして小内刈、大内刈などを得意技としていた。しかし、背負いが警戒されることをうけ、他の技も習得し頻繁に出すようになった。大外刈、内股、体落、掬い投げ、肩車、小外刈と多彩で、この技の多さが一つの武器となっており、近年では背負い以外の技で勝つことが多い。
駆け引きがうまく、試合の組み立ても秀逸である。組み手に強く、相手にいいところを取られたら瞬時に技を掛けながら外すなど、危機管理能力が桁外れに高い選手である。判定で負けることはまずない。組み際や相手が立ち上がろうと油断した瞬間を逃さない。女子コーチでもあった古賀稔彦は「こんな選手は2度と出てこない」と最大の賛辞を贈っている。負けた試合はほんのわずかである。
今の外国女子柔道はタックル(朽木倒)が多くなり、日本人選手が負ける要因のひとつとなっているが、谷はこれに対処することが上手く、相手のタックルを避けることが出来る。
また、国内でも10年近く無敗を誇っていたが、出産によるブランクの影響と年齢による動きの衰えも見られるようになっているためか、2007年の全日本選抜体重別選手権では福見友子に敗れ、翌2008年の全日本選抜体重別決勝でも山岸絵美に敗れた。
勝って当然というプレッシャーの中で、長年、モチベーションを維持して頂点に立ち続ける精神力も桁外れであり、井上康生は「どういう精神構造なのかな。ゆっくり話を聞きたい。真剣にそう思う」と評している[6]。
人物像
若い頃からインタビューの受け答えがしっかりしており、記者にも常に笑顔で、ファンへの感謝を忘れないなどと、サービス精神旺盛である。また自身をよく「○連覇します」と追い込んだ発言をし、そしてそれを有言実行し続ける強い精神力を持っている。
エピソード
1996年のアトランタオリンピック日本選手団の旗手を務めた。
結婚式では本人らのエピソードVTRに本人ら二人が出演するというものだった。ウェディングケーキは地球をイメージした巨大な青いものだった。
以上、ウィキペディアより抜粋。


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