2008-08-23
朝原宣治
朝原 宣治(あさはら のぶはる、1972年6月21日 - )は 兵庫県神戸市北区出身の陸上選手。2008年北京オリンピック男子4x100mリレーの銅メダリスト。妻はシンクロナイズドスイミングの名選手で、バルセロナオリンピックでは銅メダル、1994年ローマ世界水泳選手権で銀メダルを獲得した奥野史子。長男と長女のふたりの子がいる。愛称はノビー。
経歴
神戸市立小部中学校、兵庫県立夢野台高等学校、同志社大卒業後、大阪ガス入社。
小部中時代はハンドボール部レギュラーで全国大会出場果たす。なお、現在同中学校のハンドボール部は廃部となっている。
陸上競技は夢野台高から始め、高3時に走幅跳でインターハイ優勝。
当初は走幅跳が専門だったが、同志社大学在籍中の1993年10月26日に行われた国体の100mにおいて、当時の日本記録である10秒19をマークして優勝し、以後、スプリンターとしても注目されることになった。当時は和製カール・ルイスと呼ばれた。
100mの功績は大きく、1993年の10秒19、1996年の10秒14、1998年の10秒08と、日本人として初めて10秒1台、10秒0台を記録し、日本記録を3回更新した。また、オリンピック、世界陸上の100mでは、1996年のアトランタ、1997年のアテネ、2001年のエドモントン、2003年のパリ、2007年の大阪と、5回準決勝に進出している。
2001年から、走幅跳を封印し、100mを専門にすることにした。
2007年世界陸上では日本代表のアンカーとして4x100mリレーに出場。決勝で5位入賞(38秒03 アジア新記録・日本新記録)
2008年は年齢をおして(世界陸上大阪大会時で35歳)現役続行を宣言した。記録もさることながら、容姿も若く見られることが多い。また、4月の織田記念陸上では風邪を押して出場したが、10秒17という35歳の年齢では驚異的な記録を樹立した。北京オリンピックの代表入りを目指して6月の日本選手権に出場。決勝は10秒37の記録で2位であったが、6月30日の日本陸連の理事会で代表に選考され、4大会連続の代表となった。
日本の陸上競技選手ではハンマー投の菅原武男に次いで2人目の4大会連続出場となった北京オリンピックの本番は100mでは2次予選で敗退し、アトランタ五輪以来の準決勝進出はならなかったが、8月22日の4x100mリレー決勝では最終走者[1]として登場、3着に入り、日本男子トラック種目で初(男女通じても1928年アムステルダム五輪の女子800m銀メダルの人見絹枝以来80年振り)の銅メダル獲得に貢献した。
なお、夫婦で五輪のメダリストになった例として、日本では小野喬・小野清子夫妻(ともに体操)、相原信行・相原俊子夫妻(ともに体操)、谷佳知・谷亮子夫妻(野球と柔道)等がいる。
以上、ウィキペディアより抜粋。


![5×10 All the BEST! CLIPS 1999-2009 [DVD]](http://images.amazon.com/images/P/B002PJZTT6.09.MZZZZZZZ.jpg)




