2008-08-24
木村 沙織
木村 沙織(きむら さおり、1986年8月19日 - )は、日本のバレーボール選手。東京都八王子市出身。ニックネームはサオリ。プレミアリーグ・東レ・アローズ所属。血液型O型。人物
埼玉県八潮市生まれ。その後父親の仕事の都合で大阪、東京と転々とする。
東京ではあきる野市で主に育つ。実妹は木村と同じく下北沢成徳高等学校でバレーボールをしており、2008年春高バレーにリベロで出場した。
キャッチコピー
時をかける万能少女 サオリン(2006年バレーボール・ワールドグランプリ)
ニッポンの未来 サオリン無限大(2006世界選手権)など。
活躍するほど「女性としての魅力」を失っていく女性アスリートの中で、木村は仕草等で「女の子らしさ」を残しており、インタビュー等の発言が天然系(後述)なこともあわせ、バレーボールファン以外からも支持を得ている。
来歴
高校進学〜全日本入り
2002年、成徳学園高校(現・下北沢成徳高等学校)に進学。高校2年生になるとライトで主力選手となり、2003年春高バレーで優勝を収め、成徳の2連覇に貢献した。同年8月開催のインターハイは3位に終わり連覇を逃したが、インターハイ閉幕と同時に全日本代表チームから強化合宿に招集される。合宿に途中参加しそのまま故障の鈴木洋美の代役として、同年11月開催のワールドカップに出場する。全国的に注目を浴びた同大会ではセッター登録され、持ち前の性格とあどけない笑顔で“スーパー女子高生”の呼び名でブレイクした。
12月の全国私学大会で下北沢成徳高は大会初の3連覇を達成。2004年春高バレーでは大会3連覇を目指し決勝に進出したが、第1セット、スパイクを決めた直後に味方選手の足を踏み右足首捻挫。緊急治療後、足を引きずりながらプレーを続行したが、結局九州文化学園に1-3で敗戦し準優勝であった。
アテネオリンピック最終予選
2004年アテネオリンピック最終予選で再度全日本代表に招集され、初戦のイタリア戦で代表初スタメン出場を果たし、見事な活躍を見せる。全日本女子チーム2大会ぶりのオリンピック出場に大きく貢献した。
この頃から多忙を極めていき、6月にインターハイ関東予選に出場したが予選敗退。急遽、全日本ヨーロッパ合宿に招集されイタリア4ヵ国対抗戦などに出場。7月からは1ヵ月にわたるワールドグランプリに出場するも、日本は予選落ち。目立った活躍は出来ないままオリンピックを迎える事になった。
アテネオリンピック
バレーボール競技は2004年8月14日からの開幕であったが、過密日程の影響により腰の状態は最悪で立つのもままならない状態だった(アテネで他競技のトレーナーから椎間板ヘルニアと診断された)。そのため出場機会がほとんど無いまま、初めてのオリンピックを終える。家族全員がアテネに応援に来ていただけに残念な結果であった。しかし、決勝戦の中国vsロシア戦を会場で観戦し最高峰のプレーを目の当たりにした事で、初めてメダルへの執着心が生まれたという。
オリンピック後
オリンピック終了後、スリランカで開催されたアジアジュニア選手権に出場。その後、長期的な療養を余儀なくされる。2004年12月、高校最後の大会となる全国私学大会の頃には腰痛がさらに悪化していた。決勝戦の第2セット終盤に出場するが、得点を決めることなく自身の高校バレー生活に幕を閉じた。試合後は、珍しく悔しさをあらわにする姿があった。
2005年2月14日、Vリーグ(現・プレミアリーグ)東レ・アローズ入団が発表された。
2005年後半〜現在
2005年7月開催の女子ジュニア世界選手権U−20では、全試合レギュラー出場し得点王に輝き、復活を遂げる。9月1日からのアジア選手権では、当時イタリアリーグへ派遣移籍していたNECレッドロケッツ・高橋みゆきの代役を担ってエースとして活躍した。
自身初のリーグとなった第12回Vリーグでは、開幕戦レフトでスタメン出場を果たす。この試合でのアタック決定率はチームトップの52.0%、サービスエースも2本決め、初白星に貢献。その後もレフト・センターでスタメン出場を続け、リーグ前半のチーム快進撃の原動力となった。リーグ後半に入ると、アタック決定率は比較的安定していたが、サーブを集中して狙われ、攻撃パターンを封じられた。また腰痛の影響からかキャッチの不安定さもみられたが、アタック決定率リーグ6位、サーブ効果率リーグ9位という成績で新人賞を受賞した。
2006年世界選手権、2007年アジア選手権(ベストサーバー賞)、同年ワールドカップに出場。
2008年、 2007-08プレミアリーグにおいて東レのリーグ初優勝に貢献し、ベスト6賞を獲得した。
発言・エピソード
「カメムシの臭い…」(2003 大山加奈との買い物中に。大山の気に入った香水に対して)
「お母さんみたい」(2003 全日本キャプテン・吉原知子の印象を訊かれて)
「ワールドカップに出るってすごいことなんですか?」(2003 報道陣らに対して。ワールドカップがいかに重要な大会か認識していなかった)
「集中しろっ!」(2004 春高で。チームメイトに対して珍しく声を張り上げる)
「うほっ」(2004 狩野舞子との対談中に。狩野が合宿で突然志村けんの真似を始めたという話になり、「うほっ、舞子が狂った」)
「オリンピックって沙織出れるんですか?」(2004 オリンピックへの抱負を尋ねた記者に対して)
「ワールドカップとオリンピックってどう違うんですか?」(2004 オリンピック前に報道陣に対して)
「金メダルって……、1番にならないといけないんですよね?」(2004 オリンピック前のインタビュー中に)
「シックってなんですか?」(2005 服装がシックだねとインタビュアーに言われて)
「約束っ!?」(2005 Vリーグの試合後のインタビューで、インタビュアーに「優勝へ向けての意気込みをファンに約束してください」と言われ、驚いたようにこの一言)
「姫様、直球だから」(2005 月刊バレーボールのインタビューで、菅山かおるに「サオリの声ってオカマみたいだね」と言われたエピソードを語った際)
「う〜ん……、忘れました」(2006 TBS『ニッポンチャ×3』で。柳本監督に言われた思い出の一言をいつ頃言われたかを聞かれて)
「沙織から出てる……」(2006 TBS『J SPORTS』で。高橋みゆきに「(部屋が)いいにおいがするね。なんで?」と聞かれて。その後、高橋に「フェロモン?」と返され胸の匂いをかがれる)
「△です」(2006 ワールドグランプリ・ポーランド戦後のインタビューで、インタビュアーから自身の今日の点数を聞かれ、「えぇぇぇ、点数は…難しい…」と言った後に)
「かおるさん! ぶどうの中にぶどうが入ってる!」(高橋みゆき、菅山かおるとの3人対談でワールドグランプリ 岡山大会で菅山と同部屋になった時にぶどうを食べていたことに触れた際に。実際は大きい種だったらしい)
「チョー かっこいい!」〜「だってかっこよかったんだもん(笑)!」(テレビ局にて品川庄司の庄司に会った際に、本人の目の前で大声で放った言葉。その後 菅山に“恥ずかしくないの?”とツッコミを入れられた後の返しで)
「自信は持つけど、プライドは捨てよう」(誰に言われたかはわからないものの、なぜか自分の手帳に書いてあるらしい)
アテネオリンピック開会式では、入場行進で全日本女子チームが日本選手団の先頭を陣取り、チームメイトと談笑する姿がたびたび映し出された。その中には福原愛と一緒に写真を撮るシーンもあった。
2005年3月14日放送の関口宏の東京フレンドパークII(TBS系)では、一般観覧席最上部で下北沢成徳高校のチームメイトらと座っている姿が見られた。
好きなもの
スヌーピー(関連グッズをかなり所持)
自動車(高校時代に運転免許を取得)
ケツメイシ(メンバーについてはよく知らないが歌詞に共感)
プリン、杏仁豆腐、チロルチョコ(お菓子が好き。チロルチョコは箱買い情報アリ)
ウーロン茶(理由は「おいしいから」)
プリクラ(お金があればどんどん撮る。でも、友達に比べプリクラ帳はなかなか埋まらないらしい。)
緑色(洋服やバッグに緑色多数)
読書(小説から雑誌まで読む。雑誌は特にnon-no)
立川市のルミネ(東京時代は立川市のルミネやグランデュオでよく買い物をしていた)
3(理由は本人もわからない)
お母さんの手料理(特に野菜炒めが好き。ほかに、ツナサンドも。)
ヴィトン、シャネル(ヴィトンの財布を所持しているが、実はシャネルの財布を欲しがっている)
倖田來未(自室でライブDVDを鑑賞している。)
以上、ウィキペディアより抜粋。


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