2008-08-25

オリンピック

サマランチ名誉会長★フアン・アントニオ・サマランチ(Juan Antonio Samaranch、正式にはDon Juan Antonio Samaranch i Torrelló, marqués de Samaranch、1920年7月17日 - )はスペイン・バルセロナ出身のスポーツ官僚であり、1980年から2001年にかけて国際オリンピック委員会(IOC)の会長を務めた。トレジョ(Torello)というあだ名を持つ。

プロフィール
裕福な一族のもとに生まれたサマランチは、数多くのオリンピック大会でスペインチームの代表を務めた。その後、1966年にフランコ独裁政権のもとでスポーツ長官に任ぜられ、さらにスペインオリンピック委員会の会長に就任、IOCメンバーにも名を連ねることになった。1974年から1978年にかけて彼はIOCの副会長を努め、また1977年から1980年までスペインの駐ソ連・駐モンゴル大使に任ぜられた。1991年には侯爵(Marqués)の爵位を授かり、サマランチ侯に叙せられた。
1980年の夏季オリンピック後、IOC会長だったキラニン卿が辞任し、サマランチは後任として選出された。任期中、サマランチは放映権やスポンサーシップの管理を通じて、オリンピック活動の財政健全化を実現した。1984年の夏季オリンピックでも東側諸国の大会ボイコットがあったものの、彼の任期中におけるIOC加盟国とオリンピック参加国の数は増加し続けた。 またサマランチは最も優れた運動選手がオリンピックで競い合うことを望み、プロ選手の解禁が漸進的に行われる結果となった。
サマランチの他の業績としては、IOCの組織再編と、1992年の夏季オリンピックを彼の故郷バルセロナに誘致したことが含まれる。
2005年、浙江大学より名誉博士号を授与される。

家族
彼は1955年12月1日に、マリア・テレザ・サリサチス・ローと結婚した。彼女との間には1男1女をもうけた。彼の息子フアン・アントニオ・サマランチ・サリサチスは現在IOCのメンバーとなっている。

IOC会長としての功罪
サマランチはIOC会長としては議論の的となる人物であり、元選手や政治家などからの相次ぐ批判を受けた。中でも強硬だったのは、アンドリュー・ジェニングス(イギリスのジャーナリスト)による「黒い輪」及びその一連の批判書籍やテレビドキュメンタリー番組によるものであった。サマランチは独裁体制下の上級官僚であった上に議論の余地はあるが政治家でもあり、こうした背景に多くの人々が矛盾を感じたのである。
批判者によればサマランチは独裁的で、IOCの決定に関する密室政治の文化に対して組織内外からの批判的な意見が述べられても、まったく耳を貸さなかったという。この文脈においては、サマランチが(類似の性質を持つ)オプス・デイのメンバーであることは注目に値する。サマランチ時代に起きたIOCメンバーのあからさまな腐敗に関する数多くの出来事は、IOCメンバーが開催候補都市に対して賄賂をたかるという広く蔓延した「文化」を直接的に示すものであると批判者は主張している。サマランチは任期の最後の数年において、こうした行き過ぎのいくらかを抑制する手を打った。
しかし、実は彼はもっと早い時期からこうしたことに気付いていて、2002年の冬季ソルトレークシティオリンピックを巻き込んだスキャンダルを発端とするメディアの圧力によって動いたに過ぎないという議論もある。
サマランチの功績のひとつは、疑いもなくIOCの財政を救った点にある。1970年代にIOCは財政危機に陥っており、立候補都市がなくなるのではないかと思わせるほどに開催地の負担が大きかった。サマランチ時代にはディック・パウンドの助力を得て、IOCはスポンサーシップの管理を刷新した(各国のオリンピック委員会に個別のスポンサーを認めるのではなく、世界的なスポンサーを受け入れた)。また新たな放映権契約によって、数百万ドルの収入を得た。しかしながら、このようにして得られた収入でIOCがとった行動については、推測や批判の対象となっている。
2001年、サマランチは会長選挙に立候補しなかった。彼はジャック・ロゲを後任とし、IOCの終身名誉会長の座についた。彼はまた、バルセロナで開催された2004年のユニバーサル・フォーラム・オブ・カルチャーズのパーソナリティを務めたが、これはおそらく(彼が以前社長をしていた)ラ・カイシャ貯蓄銀行がこのイベントのスポンサーとなっていたからであろうと考えられている。このフォーラムで紹介された彼の経歴からは、フランコ独裁政権時代の閣僚経験は注意深く削除されている。
皮肉なことに、このフォーラムの会場は悪名高きキャンプ・デ・ラ・ボタ牢獄(1939年2月20日から1952年12月24日までの間に1619名の共和主義者が銃殺された)のあった場所に建っている。かつて投獄された人々によって立てられた小さな記念碑は、2004年のフォーラム開催に向けた建設工事の最中にブルドーザーによって跡形も無く消されている。

以上、ウィキペディアより抜粋。

★オリンピック
近代オリンピック(きんだいオリンピック)とは、グレゴリオ暦が偶数の隔々年(4年に1回)に国際オリンピック委員会 (IOC) が開催する、世界的なスポーツ大会である。
単にオリンピックと呼称したり、日本ではそのシンボルマークから五輪(ごりん)とも呼称される。
古代ギリシアのオリンピアの祭典をヒントにして、19世紀末にフランスのクーベルタン男爵によって発想された。

名称
オリンピックはゼウスの神殿のあったオリュンポス(オリンピア)の名前を冠している。ここで古代オリンピックが開催されたことから名前がついた。IOCなどでは、オリンピアを真実の女神と神格化している。戦前はオリムピックと言う表記だった。

概要
夏季大会と冬季大会があり、夏季オリンピック第1回は1896年にアテネ(ギリシャ)で開催され、世界大戦による中断を挟みながら継続されている。冬季オリンピックの第1回は1924年にシャモニー・モンブラン(フランス)で開催された。1994年以降は西暦が4で割り切れる年(閏年)に夏季オリンピックが、4で割って2が余る年に冬季オリンピックが開催される。1994年のリレハンメル大会から2年おきに夏季大会と冬季大会を交互に開催するようになった。 当初、夏季オリンピックと冬季オリンピックは同年に同一の開催国で両者を開催するその筈だったがアムステルダム大会時の1928年の際オランダに雪山がなく、適当な冬季大会の会場が確保出来なかったのでそれは原則ではなくなった(1928年はスイスのサンモリッツで開催)。
大会公用語はフランス語と英語であるが、フランス語版と英語版の規定に相違がある場合はフランス語を優先するとして、フランス語を第1公用語とする事を明らかにしている。近代オリンピック開催を提唱したクーベルタン男爵の母語がフランス語であったことにちなむ。フランス語、英語の他、開閉会式等では開催地の公用語も加える場合がある。

歴史
アマチュアリズムを基本とし、古代の平和の祭典の復興を目指したオリンピックであるが、二度の世界大戦や、ミュンヘン大会におけるテロ事件、冷戦下でのアフガニスタン戦争に伴う東西のボイコット合戦など、時々の国際政治の影響は大きい。特にヒトラー政権下による1936年のベルリン大会は五輪そのものが利用された色彩が強く、聖火リレーのルートを後日ドイツ軍がそのまま逆進した事から政治が大きく陰を落としたものとなっている。
ギリシャによる開催は1896年と2004年が正規のものとされているが、第一回大会の十年後ただ一度だけ例外的に開催がされており(アテネ中間大会、1906年)開催事実も記録も公式に認めてメダル授与も行っている。しかし四年に一度のサイクルから外れた開催なため正規の開催数に計上されておらず優勝者もメダリスト名簿に加えられていない。

開催国
開催国は北半球が殆どで、南半球での開催は少ない。南半球では冬季大会が開催されたことがなく、夏季大会も1956年にオーストラリアのメルボルンで開かれたメルボルンオリンピックと、2000年に同じオーストラリアのシドニーで開催されたシドニーオリンピックの2大会のみである。
その理由としては主に季節が北半球と逆である事と、北半球に比べ実際に開催可能な経済力を持つ先進国が少ない事が関係している。特に、冬季大会では各種目の大会シーズンとの兼ね合い(南半球が冬の時期に北半球ではシーズンオフであること)や、北半球に比べウィンタースポーツの設備が十分でない(そもそも降雪量が少ない)ため実質的に開催不可能であると推測される。

シンボル
近代オリンピックの象徴でもある五輪のマーク(オリンピックシンボル)は、クーベルタン男爵が考案し、世界5大陸(青:オセアニア、黄:アジア、黒:アフリカ、緑:ヨーロッパ、赤:アメリカ)と五つの自然現象(火・水・木の緑・土の黒・砂の黄色)とスポーツの5大鉄則(情熱・水分・体力・技術・栄養)を、原色5色(および単色でも可)と5つの重なり合う輪で表現したものであるとする説が有力である。他にこの五色で世界の国旗全てが表されていたとする説もある。5つの重なり合う輪はまた、平和への発展を願ったものである。なおこの五輪マークは、1914年にIOCの創設20周年記念式典で披露され、1920年のアントワープ大会から使用されているが、木綿で作られた五輪旗は一度盗まれ1980年のモスクワ大会では閉会式でアメリカに五輪旗が伝達されず次の大会ではレプリカを使用された出来事があり、そして1992年のバルセロナ夏季大会から合成樹脂の五輪旗が使われている。

開会式
開会式では、オリンピック賛歌を合唱する事と、五輪旗・開催国旗掲揚、開催国の国歌斉唱、最終聖火ランナーによるトーチ点灯、そして平和の象徴の鳩が飛ばされる事になっている(聖火台で鳩を焼いてしまったソウルオリンピックでの一件や、動物愛護協会の反対もあり、1998年の長野大会からはモニター映像による鳩飛ばしが恒例になった)。開会式の入場行進は、五輪発祥地ギリシャの選手団が先導し、最後に開催国の選手団が入場する。ギリシャが開催地となった2004年は、まずギリシャの旗手のみが先導し入場、最後にギリシャの選手団が入場していた。

興行
大会の大規模化とともに開催に伴う開催都市負担が問題となったが1984年のロサンゼルス大会でピーター・ユベロス大会委員長主導のもと、ショーアップを図るとともに、大会ごとに企業にオリンピックマークの独占的な使用をスポンサードとともに許可するなど、商業資本を大幅に導入し、一大ビジネスチャンスとして注目されるようになった。オリンピックは発足当初からアマチュア選手のみに参加資格を限って来たが旧共産圏(ソビエト連邦やキューバなど)のステートアマ問題などもあり、プロ選手の参加が段階的に解禁されるようになった(最初はテニスなどごく限られていたが、後にバスケットボール、サッカー、野球などに拡大)。ロサンゼルス大会のころからサマランチ会長のもと商業主義が加速したといわれ、近年は誘致活動にIOC委員への賄賂が提供された事などが問題になった。健全なスポーツの精神とは裏腹に、これらの利権が絡み合ったイベントでもある。開催地でのスポンサーを見込んで増え続けていた競技種目を減らそうとする動きも出て来ている。
なお、現在のオリンピックの収益構造は、約半分が各国マスコミへの放送権料で、残りをマクドナルド、コカ・コーラ、コダック、松下電器などの毎回のオリンピックにおいて中心となる「ワールドワイドパートナー」、その下に、「メインスポンサー」や「オフィシャルスポンサー」、「オフィシャルサプライヤー」など、さまざまな企業からのスポンサー料、そして、会場への入場料などにより運営されている。1996年のアトランタ大会ではマクドナルドのフライドポテトの容器を模した聖火台が使われている。

日本との関わり
日本が初めて参加したのは1912年ストックホルム夏季大会である。これはオリンピックの普及に腐心したクーベルタン男爵の強い勧めによるものであるが、嘉納治五郎を初めとする日本側関係者の努力も大きかった。最初は男子陸上のみによる参加であったが、1928年アムステルダム大会からは女子選手も参加した。
日本選手のメダル獲得、ベルリン大会からはじまったラジオ中継、聖火ランナーなどにより、日本での関心が増し、1940年大会を東京に招致する事に成功したが、この大会は第二次世界大戦により中止された。戦後の1948年ロンドン大会には戦争責任からドイツと共に日本は参加を許されず、1952年ヘルシンキ夏季大会より復帰している。
日本国内での開催は、夏季オリンピックを東京、冬季オリンピックを札幌(これらはそれぞれアジア地区で最初の開催でもある)および長野で行っている。ちなみに夏季大会(東京)と冬季大会(長野)の第18回大会はどちらも日本で開催されている。

以上、ウィキペディアより抜粋。

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